2002年8月 水戸


2002年8月10日〜13日


1日目

出発・・  水戸に行ってきました。DRY家三人とコアラのめぐは、国分寺までバスで出て、国分寺から中央線に乗って神田で山手線乗り換え。そして上野駅まででました。中央線、座れて助かりました。
筑波山   ここで、はるるの姉Aと待ち合わせて、上野から常磐線に乗ります。上野から特急に乗ったら1時間ぐらいで水戸に着きますが、今回は普通列車に乗って上野から2時間、電車に揺られました。4人がけのボックスシートではなく、普通の車両の両側に長くシートが続く通勤電車シートです。YOUは、さすがに国分寺から延々と電車に乗っていたので、電車に乗るのが少々飽きてきました。しかしDRYに電車の線路や景色を見ながら楽しさを教えてもらい、それからは、窓から景色をずっと見ていました。電車が北千住・松戸・柏・我孫子を止まると、いよいよ利根川を渡って茨城県に入ります。千葉辺りまでだと、沿線に沿って街が発展してきた気がします。しかし水戸もそうですが、茨城だと、市街地は沿線に沿って開けたのではないので、利根川を渡ると街の雰囲気がかわるような気がします。府中だと畑はよく見ますけれど、私達の出歩く範囲だと、水田を見ません。YOUは常磐線に乗って、青々とした水田やレンコン畑をたくさん見たのでした。

花火・・やっと水戸に着きました。駅の南口が、ただいま再開発中で、だいぶかわってきました。水戸に来るたびに、どんどん姿がかわってきます。
そして、昼食をとってからじーじ、ばーばの家に行きました。久しぶりの対面は、お互い嬉しいものです。体調ををくずしていたじーじが、だんだん体調が回復してきて、元気になってきた姿が見られてほっとしました。YOUは、私達から離れて、じーじやばーばにいろいろと話していました。
水戸の花火8月2日に行われる予定だった千波湖畔の花火大会が延期されていて、ちょうど10日に開催されることになったのです。夕食(柔らかくふっくらとしあがった美味しい、「ぬりや」のうな重)をかねた外出の後、実家から久しぶり花火を鑑賞する機会に恵まれました。外出先から実家に戻る途中、花火大会の日は、千波公園一帯、そして県立美術館や文化センターのところに、人がたくさん集まって来ていました。こんなふうに集まっていたなんていうことを、私は今まで知りませんでした。そして毎年見ていたころは、花火のありがたみも忘れ、最後のフィナーレだけをちょっとみるぐらいだったのです。でも、始まりから最後まで見ていて、こうやって花火をゆっくりと鑑賞できる、そのありがたみがよくわかりました。

DRYは、水戸の花火を初めて見たのですが、予想していたよりも賑やかで良かったです。
YOUも、間近でみる花火の美しさ、面白さを堪能して、しっかり見ていました。とくに、ハートマークや星型が広がる打ち上げ花火を喜んでいました。


2日目

熊谷守一美術展
茨城県近代美術館近所にある茨城県立美術館にDRY家でふらっと行ってきました。ちょうど熊谷守一さんの展覧会をやっていたのです。熊谷さんの絵が好きなので、これは願っても無い機会でした。97歳で天寿を全うされた熊谷さんの絵は、母が読んでいた熊谷さんのエッセイや画集を子供のときに見て、強烈に心惹かれるものがありました。戦争のころまでの絵は、貧しい生活のなか、息子や娘を相次いで゛亡くされたりもしました。息子の死や娘の葬儀の絵・・悲壮感が漂ってきます。彼のエネルギーが不完全燃焼していているのか、筆遣いが荒いというか激しく感じる作品もあるように思いました。そのころの絵は、熊谷氏の心の闇を表現しているように、どんよりとした色彩のようにも感じられました。しかし、その後半の絵は、画風ががらりとかわりました。歳を召されながら、どんどん作品は、以前に比べて色彩が明るく、そしてすっきりとした線で、伸び伸び描かれていました。身の回りにあるもの、小さな虫達にも慈しみをもち、全ての生きているものの命のエネルギーを大切にしながら表現されているように思いました。うまく表現できませんが、熊谷さん自身が突き抜けてしまい達観されたからこそ、自然体で仙人のように生きられたからこそ、こういう後半の絵が確立されていったのではと思いました。 熊谷さんの独特なサイン、そして中でも黄色の色彩が好きです。後半の作品は、無駄が無い単純明快な絵だったからこそ、当時子供だった私の心にも、すーっと入ってきた絵なんだなと、大人になった今、思います。  
 高校生のときに岡山・大原美術館で見た、息子さんの死に枕を描いた絵・・。実は今年再び大原美術館に行ったときに、その絵と対面できるカナとおもっていたのですが、貸し出されて見られなかったのです。でも、なんとその絵が、今回水戸に来ていたので、対面することができました。
熊谷さんの絵を見た後は、常設展をまわり、そのあと子供達に解放されているエリアに行きました。そこで、いろいろな種類の絵本を読んでみたり、靴を脱いでパズルをやってみました。
ここの美術館には、私がやはり小学生のときに箱根の彫刻の森で対面してから恋している、木内克さんの作品、「エーゲ海に捧ぐ」という同じブロンズ像が飾ってあり、対面できるので、嬉しい場所です。

千波湖


3日目

マンホールの蓋昨日と今日は、涼しくなりました。歩くのにも最適な日となりました。(写真はマンホールの蓋です。大抵は鉄そのものの色ですが、稀に色が塗られいてるのを見かけました)

まずは、昔通った三番目の小学校(それまで、大規模小学校だったので、学校が分離したのです。六年生の時1年間通いました)の近くまで、お散歩がてら皆で歩いていきました。懐かしい風景で、歩きながら小学生のときのいろいろな思い出が、よみがえってきました。

その小学校のそばのイタリアンのお店、「ALSOLE (アル・ソーレ)」のランチを食べました。サラダ・パスタ・メインのお料理・パン・デザート・コーヒーとなっていますが、ボリュームがありました。ここででてきた、グレープフルーツのジェラードは、絶品でした。

フルーツバスケットのメロンパフェそのあとYOUをじーじばーばー、はるるの姉Aに預けて、DRYとはるるは2人で、お買物にと、何箇所かお店に行ってきました。そしてついでに、やっぱりお気に入りのお店「フルーツバスケット」で、メロンパフェをしっかりと食べてきました。ランチを食べて、おなかがいっぱいなのに、次いつ来られるかわからないからという思いに負けて、美味しく食べてしまいました。健在です!
DRYと水戸の街を歩いていて、実は水戸も坂がたくさんあるところなのよねという話になりました。


4日目

そして、あっという間に帰京する時間になってしまいました。荷物をまとめたりと帰り支度をしているせいでしょうか、特に帰郷する当日というのは、時間があっという間に過ぎてしまいます。今日は、気温がまた暑くなってきました。午後2時50分のフレッシュひたちの緑ラインの特急に乗って上野まで。そして上野から東京駅まで山手線ででて、東京駅から中央線に乗り、国分寺で下車してバスで帰ってきました。
今度は、いつ水戸に行くことになるでしょうか。どんどん変化して、知らないところがいっぱいの街になっていくのでしょうね。


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このページの更新日:2004年02月22日
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